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東京地方裁判所 平成5年(ワ)15203号 判決

甲、乙事件原告 株式会社西日本銀行

右代表者代表取締役 後藤達太

甲、乙事件原告訴訟代理人弁護士 佐間功

植松功

甲事件原告訴訟復代理人、乙事件原告訴訟代理人弁護士 三浦邦俊

乙事件原告訴訟代理人弁護士 李博盛

甲事件被告 大阪商船三井船舶株式会社

右代表者代表取締役 轉法輪奏

右訴訟代理人弁護士 阿部三夫

乙事件被告 株式会社中国シッピングエージェンシイズ

右代表者代表取締役 幸前茂

右訴訟代理人弁護士 上原啓

主文

一  甲、乙事件原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は甲、乙事件原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件被告は甲、乙事件原告に対し、金二一八〇万四七〇三円とこれに対する平成三年九月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  乙事件被告は甲、乙事件原告に対し、金二一八〇万四七〇三円とこれに対する平成三年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、船荷証券の所持人である甲、乙事件原告(以下「原告」という。)が、海上運送人らである被告らが右証券と引き換えることなく右証券に係る運送品を輸入業者に引き渡したことにより、運送品引渡請求権を侵害されるなどしたとして、被告らに対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償を求めた事案である。

一  本件の経過

(1ないし5、(一)の各事実は当事者間に争いがなく、5、(二)の事実は≪証拠省略≫、証人鳥羽和己の証言により、6の事実は≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によりこれを認める。)

1  原告は、銀行業務を営む株式会社であり、甲事件被告(以下「被告甲」という。)は、海運業等を目的とする株式会社であり、乙事件被告(以下「被告乙」という。)は、被告甲の代理店である。

2  原告は、海上運送人である被告甲の発行に係る別紙証券目録≪省略≫一、二記載の船荷証券(以下「本件船荷証券」という。)を所持している。

本件船荷証券は、被告甲から、輸出者であるトレード・フォワード・ディベロップメント会社へ、次に、買取銀行である香港のナンヤン商業銀行へ、さらに、原告へと交付された。

3  被告甲は、本件船荷証券を発行したことにより、目的地神戸において、別紙証券目録一、二記載の運送品(以下それぞれ「本件運送品1」、「本件運送品2」といい、これらを併せて「本件運送品」という。)を証券の所持人に引き渡すべき義務を負っており、また、被告乙は、被告甲の代理店として同被告から業務委託を受け、同様に本件運送品を証券の所持人に引き渡すべき義務を負っていた。

4  本件運送品は、平成三年三月二八日、香港において船積みされ、同年四月八日神戸に陸揚げされた。

ところが、被告乙は、同年一八日、本件船荷証券と引き換えることなく、本件運送品を買主(輸入者)である日本フェザー工業株式会社(以下「訴外会社」という。)に引き渡した。

5(一)  ところで、買主(輸入者)は、後日、船荷証券を入手次第これを海上運送人に引き渡すこと及び証券と引換えでない運送品の引渡による一切の結果について責に任じることを約した保証状を差し入れることにより、海上運送人から船荷証券なしに運送品の引渡を受ける保証渡といわれる商慣習がある。

(二)  そして、保証状には、銀行を連帯保証人とするバンクL/Gと、銀行を連帯保証人としないシングルL/Gとがあるが、本件で、訴外会社が差し入れた保証状はシングルL/Gであった。

6  本件船荷証券に基づく本件運送品の引渡が不能になったことにより、原告は、本件運送品1について米貨金八万四一六八ドル、本件運送品2について米貨金八万三四九六ドルの合計米貨金一六万七六六四ドルの損害を被ったが、これを、平成四年五月一九日における一ドル当たり一三〇円五銭の為替レートで円に換算すると、右損害額は、金二一八〇万四七〇三円となる。

二  争点

1  本件保証渡の違法性

(一) 原告の主張

海上運送人が、船荷証券と引き換えることなく、買主の発行した保証状と引換えに運送品を引き渡した場合には、後日、買主以外の者が船荷証券を呈示して運送品の引渡を請求したときは、海上運送人は、保証渡があったことをもって証券所持人に対抗することはできない。

そこで、原告に対し、被告甲は、債務不履行ないし不法行為により、被告乙は、不法行為により原告の被った損害を賠償する責任がある。

(二) 被告らの主張

(被告らの主張)

(1) 原告は、本件船荷証券の記載から、船積日である平成三年三月二八日から日ならずして荷上港である神戸へ到着すること、到着した運送品は遅滞なく受け取る必要があることを知りながら、訴外会社に対し輸入ユーザンス手形の差入れを受けて貸付を行い、かつ、その弁済期を本件運送品到着の二か月以上も後の同年六月一四日まで猶予したことにより、訴外会社が本件船荷証券を原告に預託したまま本件運送品を受け取り、これを処分することを認めたものである。

そこで、被告らのした本件保証渡は、原告の承認の下にしたこととなり、違法性はない。

(被告甲の主張)

(2) 被告甲は、被告乙に対し、シングルL/Gによる運送品の引渡をしないように指示していたにもかかわらず、同被告が独断で本件保証渡をしたものであり、被告甲に責任はない。

2  除斥期間の満了

(一) 被告らの主張

(被告甲の主張)

(1) 本件船荷証券(北米航路、豪州航路用邦船統一船荷証券によるもの。)約款二五条二項は、「いかなる場合においても、運送人は、運送品引渡の後、あるいは引き渡されるべき日の後一年以内に訴訟が提起されないときには、運送品の不着、誤渡、遅延、滅失又は損傷についての一切の責任を免除される。」と規定しているところ、本件運送品の引き渡されるべき日は平成三年四月九日であるから、被告甲の原告に対する損害賠償債務は、同日から一年を経過した平成四年四月九日の経過により消滅した。

(2) 国際海上物品運送法(平成四年法律第六九号による改正前のもの。以下「法」という。)一四条は、運送品に関する運送人の責任が、運送品が引き渡された日から一年以内に裁判上の請求がされないときは消滅すると規定しているところ、本件運送品は平成三年四月一八日に引き渡されたから、被告甲の原告に対する損害賠償債務は、同日から一年を経過した平成四年四月一八日の経過により消滅した。

(被告乙の主張)

(3) 本件船荷証券約款五条は、全ての使用人、代理人は、運送人の利益のための本証券中の全規定の利益を享受する旨の規定があるところ、被告乙は、被告甲の代理店であるから、右(1)と同様に一年の経過により、被告乙の原告に対する損害賠償債務は消滅した。

(二) 原告の主張

(1) 本件船荷証券約款二五条二項は、運送人の悪意の場合を適用除外しない点において法一四条に反する船荷証券所持人に不利益な特約に該当し、法一五条一項に照らし無効である。

(2) 被告乙は、訴外会社が船荷証券を所持していなかったことや、原告がバンクL/Gを発行していなかったことを承知していたこと及び原告と被告らとは平成三年七月一七日以降平成四年六月一一日まで交渉を継続してきたことからすると、被告らに法一四条本文の除斥期間の適用を認めることは信義誠実の原則に反し許されない。

(3) 除斥期間の適用があるとしても、被告らは、平成三年六月二〇日の時点で、原告の問い合わせに対して、まだ荷物は保管している旨の虚偽の回答をしており、原告が本件運送品が引渡済みであることを知ったのは同年七月一六日であることからすれば、右除斥期間の起算日は、同日とすべきである。

(4) 原告と被告らとは、平成三年七月一七日以降平成四年六月一一日まで交渉を継続してきており、同日まで合意により除斥期間は延長されていた。

(5) 法一四条ただし書は、運送人に悪意がある場合には、除斥期間の規定が排斥される旨規定している。ここで、悪意とは、運送人が運送品に毀損又は一部滅失を知ってこれを荷受人に引き渡した場合をいうと解すべきところ、被告乙は、訴外会社が船荷証券を所持していなかったことや、原告がバンクL/Gを発行していなかったことも承知していたのであるから、同被告のした訴外会社への本件運送品の引渡には悪意があったものというべきであり、被告らに除斥期間は適用されない。

第二争点に対する判断

争点2(除斥期間の満了)について判断する。

一(被告甲について)

1  本件船荷証券約款二五条二項の趣旨について

(一)  本件船荷証券約款二五条二項は、「いかなる場合においても、運送人は、運送品引渡の後、あるいは引き渡されるべき日の後一年以内に訴訟が提起されないときには、運送品の不着、誤渡、遅延、滅失又は損傷についての一切の責任を免除される。」と規定していることは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、船荷証券は証券に記載されている運送品の引渡請求権を表彰するものであり、証券の所持人は、右証券の記載に従った引渡請求権を有することとなる。そこで、右約款の右条項は、所持人である原告に対してその効力が及ぶこととなる。

そこで、右条項の趣旨について検討するに、右約款によれば、右期間の中断の規定が設けられておらず、また、一年以内にされるべき権利行使の方法が訴訟の提起に限られており、当事者の援用がなくても、期間の経過によって当然に権利消滅の効果が生じるとされていることからすると、右条項の定める一年間の期間は除斥期間であるというべきである。

そして、右条項には、運送人の運送品の滅失等についての一切の責任を免除するとあり、右条項の設けられた趣旨が、海上運送の性質上、長い間証拠を保全することが困難であることなどからできるだけ速やかに法律関係を解消させることにあること(弁論の全趣旨)からすると、右条項は、運送人の運送品の滅失等について、その原因を問わず債務不履行責任のみならず不法行為責任による損害賠償債務を含め一切の責任を免除した免責約款であると解すべきである。

2  右免責約款の本件保証渡への適用について

(一)  本件船荷証券約款二五条二項は、船荷証券の所持人に対する運送人の運送品の滅失による債務不履行ないし不法行為による損害賠償義務についても適用されることからすると、被告甲の原告に対する本件保証渡により生じた損害賠償債務についても、右条項が適用されるものというべきである。

(二)  これに対し、原告は、右条項は、運送人の悪意の場合を適用除外しない点において法一四条に反する船荷証券所持人に不利益な特約に該当し、法一五条一項に照らし無効であると主張するが、同項は、運送品の荷揚後の事実により生じた損害には適用されない(同条三項)ところ、本件保証渡は、本件運送品が神戸に陸揚げされた平成三年四月八日より後である同月一八日の事実であるから、右条項は本件保証渡により生じた損害について適用する限りにおいては、法一四条三項に照らして有効なものというべきであり、原告の右主張は理由がない。

(三)  また、原告は、法一四条本文の除斥期間の適用についてではあるが、被告らに右除斥期間の適用を認めることは信義誠実の原則に反し許されないと主張するので、右約款の右条項による除斥期間を被告甲の原告に対する本件損害賠償債務に適用するについて、公序良俗や信義誠実の原則に反する事情があるか否か検討する。

証拠(≪省略≫、証人鳥羽和己の証言、弁論の全趣旨)によると、被告乙は、荷主の依頼で船腹の予約、貨物の搬出、搬入、通関手続等を行っており、訴外会社とは平成元年ころから取引があったこと、同被告は、訴外会社とは同社の依頼により信用状開設の申請手続を代行するなどしていたため、信用状の内容や信用状況等について一応把握していたこと、同被告は、本件保証渡の行われた約一年前から同社には、シングルL/Gによる運送品の引渡をしてきたが、これまで、船荷証券の正本が遅滞なく交付されてきており、保証渡によるトラブルは発生しなかったこと、同被告としては、本件保証渡をするに際しても、従来どおり、トラブルは発生しないものと予測していたこと、原告と被告らとは平成三年七月一七日以降平成四年六月一一日まで交渉を継続してきたことが認められる。

右の認定事実によれば、本件保証渡を実施した被告乙において、訴外会社の信用状況等を一応把握し、これまで同社の保証渡によるトラブルが発生していないことなどから、従来どおり、トラブルは発生しないものと予測して本件保証渡をしたものであることが認められること、また、このような保証渡は商慣習として行われていること、他方、被告らにおいて、訴外会社が船荷証券を交付しないことが見込まれるにもかかわらず、敢えて本件保証渡をしたというような故意ないし重大な過失によって損害を生じさせたといった事情が見当たらないことをも勘案すると、被告甲の本件損害賠償債務に右条項を適用することにつき、公序良俗に反するとか信義誠実の原則に反する事情があるということはできない。また、その後原告と被告らとの間で交渉を継続してきており、この交渉の過程で仮に被告らが右条項の存在を原告に告げなかったとしても、原告は銀行であって、通常の取引において、このような契約約款を頻繁に利用する商人であり、その業務の一環として取得した本件船荷証券の約款の内容については当然に知識を有していることが推認でき、この交渉の過程で防御措置をとることができたはずであることからすれば、これをもって、被告らに信義にもとる行為があったものということもできない。

そこで、原告の右主張は理由がない。

3  除斥期間の満了について

(一)  証拠(≪省略≫、商人鳥羽和己の証言)によれば、本件運送品が引き渡されるべき日は、平成三年四月九日であることが認められるから、平成三年四月九日から一年を経過した平成四年四月九日の経過により、被告甲の原告に対する本件の債務不履行ないし不法行為による損害賠償債務は、除斥期間が満了し消滅したものというべきである。

(二)  これに対し、原告は争点2、(二)、(3)のとおり主張するが、右約款の右条項には、右除斥期間の起算日が運送品が引き渡されるべき日であることは明記されており、また、右条項の設けられた趣旨が、前記のとおり速やかに法律関係を解消させることにあること、原告が本件運送品が引渡済みであることを知ったのが、平成三年七月一六日であったとしても、この時点で、それなりの対処をすることが原告にとって不可能であった事情は窺われないことからすると、仮に原告が主張するような被告らの不適切な対応により、原告が本件運送品が引渡済みであることを知ったのが遅れたという事情があるとしても、これをもって、右除斥期間の起算日を遅らせるのは相当でないものというべきである。

そこで、原告の右主張は理由がない。

(三)  また、原告は争点2、(二)、(4)のとおり主張するが、本件全証拠によるも、原告と被告らとの間で、平成四年六月一一日まで右除斥期間を延長する合意があったと認めることはできない。また、同日まで、原告と被告らが交渉を継続していたことをもって、同日まで除斥期間を延長する合意が成立したものとみるのは、明らかに被告らの意思に反するばかりでなく、前記の除斥期間を設けた趣旨に照らしても、そのような不明確な事情によって右除斥期間を実質的に変動させることは相当でないから、原告の右主張は理由がなく、採用できない。

(四)  さらに、原告は争点2、(二)、(5)のとおり主張するが、右約款の右条項は、運送人に悪意があった場合を含めいかなる場合においても運送人の運送品の滅失等についての一切の責任を免除したものであることは前記のとおりであり、原告の右主張は理由がない。

二(被告乙について)

原告の被告乙に対する不法行為による損害賠償請求権の帰趨について検討するに、本件船荷証券約款五条は、全ての使用人、代理人及び下請負人は、運送人の利益のための本証券中の全規定の利益を自らの利益のために享受することができ、この契約を締結するに当たり、運送人は、それらの規定に関しては自己のためだけでなく、右使用人らとしても契約を結ぶものである旨を定めていることは当事者間に争いがない。

そして、右条項は、約款で認められた運送人の権利や利益が運送契約の当事者である運送人にしか与えられないとすると、荷主が右使用人らに対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることによって、運送人の有する権利、利益の主張や抗弁から逃れることができることになり、そうすると運送人と荷主との責任関係の調整のための条項が有名無実に帰することから、これを避けるために設けられたものである(弁論の全趣旨)ことからすると、右条項により、使用人らは荷主らに対して、運送人が有するのと同一の抗弁、責任制限の利益を援用することができるものということができる。

そこで、被告乙が被告甲の代理店として、同被告から業務委託を受けて、本件運送品を証券の所持人に引き渡すべき義務を負っていたところ、被告乙が、本件保証渡をしたことは前記第二、一、1、3ないし5のとおりであるから、同被告が本件保証渡をしたことに基づき原告に対して負担する損害賠償債務については、同被告は、被告甲が原告に対して本約款上有するのと同一の抗弁、責任制限の主張をすることができるものというべきである。

そうであるとすれば、被告乙が、原告に対する本件不法行為による損害賠償債務につき、前記一と同様に本件約款二五条二項の適用を援用したものであるところ、これが認められるので、同被告の原告に対する本件損害賠償債務は、本件運送品が引き渡されるべき日である平成三年四月九日から一年を経過した平成四年四月九日の経過により、除斥期間が満了し消滅したものというべきである。

三(結論)

以上の次第で、原告の被告らに対する損害賠償請求権は、平成四年四月九日の経過により消滅したものというべきである。

(裁判官 金子順一)

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